『21世紀の「男の子」の親たちへ』

紹介文

教育ジャーナリストのおおたとしまささんが『21世紀の「男の子」の親たちへ』という本を上梓しました。
これは2018年5月に刊行した『開成・灘・麻布・東大寺・武蔵は転ばせて伸ばす』という本をベースにし、
新しい情報を加えてテーマ別に再構成したものです。

いろいろと考えさせられることがありますので参考にしてください。

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子供と同じ土俵に乗ってはいけない

反抗期の子供に暴言を吐かれた保護者が、死ぬほどショックを受けてしまうことがあります。学校の先生たちは毎年そういう変化を見ているので、おおらかに構えていられますが、一般の親御さんはそこまで達観はできません。

「『くそばばあ』とか『死ね』とか言われてそこでニコニコしているのも変ですしねえ。多少血相変えることも必要なんやろうとは思いますけど。生身の感情でぶつかり合うことも必要ですから、『どこがくそばばあなの。あんた親に向かってよくそんなことが言えるね』くらい言っていいし、言うべきだろうと思います。 

ぜんぶ余裕かましてスルーしていたら、子供からしても真剣に付き合ってもらえていないと感じるでしょう。
ただ、子供も本気で言っているわけじゃないと受け止める余裕はほしいですね。
それでいちいち落ち込んでいたら、あなたその歳になるまで人生で何を学んできたのという話です」
と言うのは灘の大森秀治先生。 

「方法論はそれぞれだと思うんですが、逃げないということですよね。
スルーはダメだよね。子供なりに発信しているわけですからね。
その信号を上手く受け止めてあげないと。受け止め方はひとそれぞれでいいと思いますけれど」
と開成の齊藤幸一先生。

「ごまかさないことが大事ですね。話は聞くし、違ってたら違うよって言うし。
まあ、すごく根気よく説明する先生もいますし、私なんかはダメなものはダメだから自分で考えなさいと言うタイプです。
あるいは本当にこちらが間違っていたら、『悪かった。違ってた』と認めるし」
とは開成の葛西太郎先生。

葛西先生はさらに続けます。
「同じ土俵には立たないほうがいいですよね。向こうも悪いことはわかったうえで言っているんですから。
そこで親もパニックになってエスカレートして、家庭内暴力に発展しちゃうというケースもありますが、
それでも親の目が覚めれば、子供も目が覚めて、両方成長するんです」 

ひっぱたくのは大人に自信がないから

子供が暴言を吐くときには、大人のリアクションを見ているわけです。
「そんなこと言っちゃダメでしょ!」と言ったって、そんなことは子供だって最初からわかっています。
それよりは、暴言を吐かれたときの手本を見せるべきではないかと私も思います。
すなわち、暴言を吐かれても過剰に反応せず、涼しい顔をして自分を失わない大人の姿を
見せることのほうが教育的な効果が大きいということです。 

そんなことを言うと、「ひっぱたいてでも徹底的にしつけなきゃだめだ」と言うひともいそうではありますが……。

 「うーん、それは結局同じ土俵に乗っちゃうってことでしょう」と葛西先生。

 ひとは正しいことをやり抜く強さをもったひとに威厳を感じるものです。
間違えたら素直に謝る、感謝の気持ちをもつ、思いやりを発揮するなどができるひとです。
「子供になめられてはいけない」と、つい怒鳴ってしまったりするのは、大人自身に自信がないからにほかなりません。
子供を恐れているからです。それでは、子供も不幸です。

 東大寺学園の榊野数馬先生も「同じレベルに立つと喧嘩にしかならないじゃないですか、
『言葉遣いくらいは気をつけよう』とか優しい感じで充分だと思いますので、
余裕をもって接してもらえればと思うんですけどね」と笑います。

 親の側にこそ「大人の器」が求められているのです。

 「いわゆる中3とか高1の反抗期を迎える子が出てくると、自分の手元から離れていく、
すごくさみしいってよく言わはるんで、それは親としても乗り越えなきゃあかんところで、
そのさみしさを乗り越えてまた違う愛情みたいなものが出てくるっていう言い方を何度かしたことはあります」

子供の成長に合わせて、親も愛し方を変えなければならないということです。

 反抗期が来ないと何が困るのか?

しかし実際には、反抗しない子が増えていると先生たちは口をそろえます。
「最近の子供たちは優しいんですよね。反抗しないですからね。
『反抗期がないんですよ』と自慢げに語る保護者のなんと多いことか。
反抗期がないことが自慢になるのかと……」と嘆くのは灘の大森先生です。

反抗期がない場合、何が困るのでしょうか。

「反抗期がないということは壁にぶつかったことがないということでしょう。
でもいつか絶対に壁にぶつかるじゃないですか。
そのときにうまく対処できなくなるという心配がありますね」 

武蔵の高野橋雅之先生は「自分で決められないのにすぐにひとのせいにするひとに
なってしまう可能性があります」と指摘します。

ひとのせいにするということは、自分で自分の人生を選択できていないと宣言することです。
それはすなわち自由な人生ではないということです。

 開成の齊藤先生は「子供のうちに心のなかのモヤモヤを吐き出しておかないと、
大人になってからそれが出ちゃったりしますよね」と言います。

まさかと思うかもしれませんが、大人になってから心の不調を訴えるひとには、
「自分には反抗期がなかった」というひとも多いのです。 

反抗期がないことを喜ぶ親たち 

反抗期がないことを子育ての成功であるかのように勘違いしている親が多いのには、
どういう背景があると考えられるのでしょうか。灘の大森先生の意見はこうです。 

「父親と母親がいっしょになってしまっている可能性が高いんです。
要するに、子供に対する接し方とあり方が。
クラブ活動の試合に、父親と母親がそろって応援に来るとかいっぱいあって。
それはそれでいいんやろうけど。
昔は父親が壁で、父親と息子の間に母親が入って、その逆でもいいんでしょうが、
そういう分業が成り立っていましたが、いまではもう父親も母親も一生懸命になってしまって
まるで家族ぐるみでやってしまうという」 

開成の葛西先生は次のように証言します。
「壁になっている親というのが少なくて、やっぱり友達に近い親子関係が増えています。
だから反抗期が少ない。この 20 年くらいの傾向かなと思います。
反抗期にすべきだったことはいったいどこに消えているんだろうというのは気になります。
子供も親の言うことをよく聞くので、親がコントロールしやすい面もあります。
親もいろいろ学習していますしね、子供を上手に操作する方法を」 

これは最近私も気になるところです。本来コーチングのようなテクニックは
子供の自己実現をサポートするために利用されるべきですが、悪用すれば、
子供を親の思い通りにコントロールすることに利用できなくもない。
そうやってわが子をソフトコントロールする親が増えているように私も感じます。 

詳細

  • 生徒 ★   保護者★★★★
  • 『21世紀の「男の子」の親たちへ』
  • おおたとしまさ
  • 祥伝社 ¥1500+税

 

 

 

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