曹洞宗の僧侶、佐藤俊明さんの法話を紹介します。
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 日本人は昔からきれい好きな、清潔を愛する国民で、その清潔感は道義感覚と表裏一体になっていた。
 品位の高い人を「人格高潔」「きれいな人」「清潔な人」といい、
その反対の人を「不潔」「きたない」「よごれている奴」などといった。
かつての政治家は井戸と塀しか残さないほど清廉だったが、今日は全く逆で不浄の金に汚れた人が少なくない。

 昔のひとは山登りの時など「六根清浄」(ろっこんしょうじょう)を口々に唱えた。

 六根とは、眼・耳・鼻・舌・身・意の働きのことで、眼は不浄を見ない、
耳は不浄を聞かない、鼻は不浄を嗅がない、舌は不浄を味あわない、身は不浄に触れない、
意(心)は不浄を思わない、つまり身も心も無垢清浄になろうという祈りの言葉が「六根清浄」であり、
それが「六根浄」となり、「どっこいしょ」となった。

 祈りの言葉がかけ声にまでなった。それほどまでに身心の清浄を念願として生活してきたのである。
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中学生の皆さんは「どっこいしょ」という言葉を知っていましたか

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