名文の持つ力が子どもの心を安定させる(齋藤孝)

子どもたちに一生の宝となる日本語力を身につけ、知性を身につけてもらう。
それこそが次の世代にできる最高の贈り物である——。そんな信念のもと、
齋藤孝先生が1年半の歳月と、渾身の思いを込めて作った
『齋藤孝の小学国語教科書 全学年・決定版』。

・夏目漱石や芥川龍之介、ゲーテやシェイクスピアなど文豪の名作
・『源氏物語』『徒然草』などの古典・宮沢賢治や金子みすゞの詩歌
・向田邦子さんの名エッセイ ・松任谷由実、中島みゆき、宮本浩次、
米津玄師など現代ヒット曲の歌詞
……などなど、齋藤先生が「国語力を伸ばすうえで最高」だと考える
全137作品を余すところなく掲載してあり、
大人が読んでも思わず胸が熱くなる名文がぎっしり詰まっています。

齋藤先生が本書の刊行にこめた思いが「あとがき」に綴られていますので、
その一部をご紹介します。

 とても参考になりますので是非読んでください。

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名文の持つ力が子どもの心を安定させる
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この教科書に掲載した文章には、一つひとつに精神がこもっています。
精神とは文化の伝承です。 

一人で考えているときは自分の心が考えているのですが、
心は日々移り変わる気分にすぎません。

だから不安定です。

ところが、精神文化というものを継承し、
その上に一人ひとりの人間の心が乗ると安定するのです。

私たちは身体という習慣の束を持っています。
朝起きてから寝るまでの一日、あるいは一月から十二月までの一年を
過ごすときの身体の習慣というものがあります。 

それが身体文化という形で継承されていきます。 

私は人間を、身体の習慣・精神文化・心の三層構造で捉えています。

私はそれを「鏡餅理論」と呼んでいます。
まずベースとして身体の文化があります。
それが鏡餅の土台になる大きなお餅です。
その上に乗るお餅が精神文化です。

そして、その上に橙のように心が乗っているわけです。
心だけだと転がってどこかに行ってしまうので、
しっかりとした土台が必要なのです。

その土台となるのが、自分だけのものではない身体文化や精神文化です。

私は『にほんごであそぼ』というNHK Eテレの番組で、二十年近く総合指導をしています。

 もともとこの番組は、『声に出して読みたい日本語』という本を出したときに、
これを幼児番組にしたいというNHKの方からの申し入れによって誕生しました。

 以来ずっと文章の選択など総合指導を担当してきました。
私にとってかけがえのない宝物のような番組です。

この番組で意識してきたことは、最高の日本語を幼い子どもたちに直接届けるということでした。

 私には、名文には必ず力があるはずだという信念があるのです。

 その信念をより本格的に具体化したものが、この国語教科書です。
本書をご覧になる方は、「え、これが小学校の教科書なの?」と驚かれるかもしれません。
子どもたちには難しすぎるのではないかと思われる方もおられると思います。

 しかし、そんなことはありません。
私は『金言童子教』や『実語教』など、江戸時代の寺子屋で使用されていた教科書を
現代に読める形で再刊してきました(『子どもと声に出して読みたい「実語教」』
『子どもと声に出して読みたい「童子教」』)。

江戸時代の子どもたちは、本書に掲載されているよりもっと読みにくい文章を、
書き下し文や漢文の返り点つきで読んでいました。

それを考えると、現代の子どもたちは圧倒的な量の情報の扱いに慣れていますから、
多少難しいものであっても柔軟に吸収し、対応することができるはずです。

難しいと大人が勝手に判断して与えないのは、大車輪ができる能力のある子どもに
延々と逆上がりをやらせているようなものです。 

モーツァルトの音楽が子どもにもわかりやすいのと同じように、
漱石の文章も子どもたちには十分に伝わるのです。

本物には本物にしかない力があります

それが心の深い部分にまで届くことにより、「読解力」として一生を支えてくれるものになります。

そのようにして精神文化が形成・継承されていくことが、
実は国語という教科に課された隠れた重要なミッションなのです。

日本語を教えるだけでなく、言葉を通して日本人に受け継がれてきた精神文化をしっかりと積み上げていく。

それが、一生を通して自分の心を安定させていくことに繋がり、他者を理解する力に繋がっていきます。
いろいろな文章を読んで理解するということは、他者の思考を理解するということです。
それができれば、コミュニケーションもうまくいきますし、仕事もうまくいきます。
そして、自分がこの世界に生きていることの喜びも感じられます。

本書に掲載した文章を読んで、「ああ、こんな人がいたんだ」という感動を
ぜひ子どもたちに味わっていただきたいと思います。

「なんだ、これ?」と最初は思うかもしれませんが、
「これはすごいものなんだな、きっと」と思って読んでいくうちに、

「ああ、よく読むとこんなにいいことが書いてあったんだ」と気づき、感動できるようになります。

私自身、いろいろな文章に出会う中で、そうした感動を積み重ねてきました。
それは人生最大の喜びになりました。

この国語教科書を読む中で自分の内側にそういう喜びが湧き上がるのを、
子どもたちにはぜひ感じてほしいと願っています。

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古典や名文を読むことがいかに大切か。
少しでもわかっていただければ嬉しいです。